村上春樹風アーセナル② 〜ベンゲル編〜
ベンゲル編
僕はフットボールについての多くをベンゲルのパスサッカーに学んだ。
殆んど全部、というべきかもしれない。不幸なことにベンゲルは全ての意味で不毛な監督であった。話せばわかる。英語は解り辛く、戦術は出鱈目であり、采配は稚拙だった。
それにもかかわらず、ベンゲルはパスサッカーを武器として強豪クラブとわたりあうことのできる数少ない非凡な監督の一人でもあった。グラウディオラ、モウリーニョ、ファンファール、そういった同じトップレベルの監督に伍しても、アーセン・ベンゲルのその戦闘的な姿勢は決して劣るものではないだろう、と僕は思う。
ただ残念なことに、ベンゲルには最後まで自分の闘う相手の姿を明確に捉えることはできなかった。結局のところ、不毛であるということはそういうものなのだ。
補強
「ベンゲル監督はどうして選手を補強しないの。」
「さあ、考え方次第かな。大金を使っていい選手を連れてくることは誰にでもできる。
ただ、現代サッカーにおける監督の役割はそれだけじゃないんだ。
少なくともボスはそう考えてる。
ワールドクラスの選手を手放してまで、健全経営で才能ある若手の出場機会を作ること。
要するに僕らが想像する以上のタスクやプレッシャーの中で、
彼はタイトルが求められるんだ。わかるかい。」
今、僕はセスクも買い戻すのをやめようと思う。
もちろん問題は何ひとつ解決してはいないし、セスクを買い戻さなくても
あるいは事態は全く同じということになるかもしれない。
結局のところ、現代サッカーにおいて若手選手を育てることは非常に難しい、
巨額の資本投資によって年々リーグの順位争いが激しくなっているからだ。
しかし、自分が育てた選手がライバルチームでプレーしているのを見るのは辛い。
僕がメディアに説明をすればするほど、正確な答えは闇の奥深くへと
沈みこんでいく。
弁解するつもりはない。少なくとも今回の決断は現在の僕における
ベストだ。付け加えることは何もない。
それでも僕はこんな風に考えている。
うまくいけばずっと先に、何年か先に、
新しい黄金時代を指揮することができるかもしれない、と。
そしてその時、カンテラの雛鳥たちはエミレーツの芝生に還り、選手たちはより美しい形で
ボールをまわし始めるだろう。